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インク一滴

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初夏の皿。




職場の飲み会を勝手に小一時間ほどで切り上げて、彼と待ち合わせる。
少しだけ遅れそうになり、小路を走る。
何人か追い越して走ったあと、歩きにシフトすると、
見慣れた背中が私を追い越した。
「すごい勢いで走って俺を追い越したのに気づかなかったでしょ」
はい、全く気づきませんでした。
笑いながら玉砂利の上を歩き階段を昇って私にとっては初めての店へ。

お蕎麦屋さんだとは言われるまでわからなかった。
12cm角ほどの小さなお皿に盛られる夏を感じる料理の数々。
瑞々しい谷中生姜、薬味たっぷりの〆鯖、いかやとうもろこしの天ぷら、
炙った里芋、湯葉。。。
毎度のことだけれど、私の好きなものが彼の口から注文される嬉しさ。
里芋に添えられた蕎麦味噌を残さずつつき、八丁味噌の渋みにうなりつつ、
燗酒をゆるゆると楽しむ。

カウンター越しに左利きの大将の仕事を眺めるのも楽しい。
鴨に串を打って炙ったり、レバーをスライスしたり、
薬味を天盛りにしたり、紫陽花の絵が小さく入った懐紙の上に天ぷらを盛ったり。。。

〆のお蕎麦は30秒ほどで茹で上がり、コシの強い10割蕎麦。
測りにそっとのせて計測しては茹でていく。
その丁寧な所作に大将のお人柄がにじみ出る。

帰りに玉砂利の上でキスをくれた。
その余韻のまま帰路につく。








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