インク一滴

初めて彼と結ばれたのは、旅先でだった。
一泊できるか打診され、躊躇わずに承諾した。
エアチケットをとり、品川で落ち合う。
私の方は休日だったので、先に到着していて、
夕方仕事が終わってから出発する彼を待つ。

慣れない駅の改札前で何度も行ったり来たりしながら、
エスカレーターを登って来る普段の顔の彼を見つけた時の嬉しさといったら。。。

彼の乗った飛行機は概ね順調に出発したようだが、
乗り込むまでと降りる際の「前の人、モタモタしないで早くー！」と思った話などを
聞きながら、「早く逢いたい」と、同じように思ってくれていたことが嬉しくなった。
そんな風に気持を素直に伝えてくれる事も。

その時はまだ、これでいいのか半信半疑なところがあった。
深く結ばれながら、これは最初で最後かもしれないとも思っていた。

旅から帰った日、彼に当てたメールには、結ばれた事が嬉しかったことと、
頭を冷やして日常に戻る、ということが書かれている。
私は溺れていない、と伝える事で、彼を安心させたかったのかもしれない。


今になって、あの改札での笑顔や素直な発言を改めて思い出して、
泣きそうになる。
あんなに素直な彼に対して、自分は堅い殻をかぶっていて、
素直じゃなくて。。。

でも、そんな自分を彼は静かに見守ってくれていた。
ダメ出しすることもなく、否定することもなく、
ただ、静かに。。。

振り返っては口に入れて甘さや苦さを楽しめる。
そんなキャンディみたいな出来事が、たぶん沢山ある。